養老孟司「バカの壁」シリーズ(全6冊)のご紹介(その1/3)

養老孟司さんの「バカの壁」シリーズは、新潮新書から発売されており、全6冊の売り上げが660万部という大ベストセラーです。独特の語り口でYoutube人気ですが、断片的に聞いても分かりにくいところがあるかも知れません。現代社会に生きるわたしたちにとって、大切なメッセージが数多く含まれていると思い、今回はこの全6冊を簡単にご紹介したいと思います。

養老孟司さんの「バカの壁」シリーズは次の6冊になります。

  • 1 「バカの壁」 2003年
  • 2 「死の壁」2004年
  • 3 「超バカの壁」2006年
  • 4 「自分の壁」2014年
  • 5 「遺言」2017年
  • 6 「ヒトの壁」2021年

これから3回に分けて、ご紹介します。今日は第1回、「バカの壁」と「死の壁」です。

1「バカの壁」
 バカの壁というのは、自分がすでに知っている世界を取り囲む壁のことです。ですからバカの状態というのは、自分がすでに知っている世界に安住し、自分は何でも知っていると思い込み、壁の外への好奇心や敬意を失い、外へ出ようとしない状態のことを言います。つまり、ソクラテスの言う、「無知の知」、わたしは何も知らない、ということが分かっていない状態のことです。
 そして、自分の誤りを認められないのもバカの状態です。人間は誤りを犯すもの。それなのに自分は間違えたことがないし、絶対間違えないと考えるのもバカの状態なのです。官僚無謬論(官僚は絶対に誤らないという信仰)や、原発絶対安全神話なども、そう考えるとバカの状態と言えるのかも知れません。
 一言でいうと、バカの状態とは、自己絶対化の状態と言えると思います。

 人間は脳と体でできています。これは、意識と肉体、あるいは精神と自然と言っても良いかも知れません。現代社会は、脳(意識・精神)が万能だと思い込み、肉体(自然)を軽視する傾向が強まっています。とくに都市部においてその傾向が顕著です。これを脳化社会と定義しますが、意識や脳が全てで、あたかも肉体や自然は存在していないかのようにふるまい考えることが、最大のバカの状態なのです。
 肉体や自然の声に耳を傾けること、これがバカの壁を乗り越えることになるといいます。

2「死の壁」
 一言で言えば、現代人は脳(意識・精神)偏重で「頭でっかち」な状態になっています。あたかも肉体や自然がないもののように考えている。この意識が全てである、と思い込む状態をバカの状態、バカの壁の中にとどまっている状態と呼びます。
 都市は人間の脳が考えたものが形になったものです。何もかもが理路整然とし、エアコンによって一年中同じ環境で暮らすことができる。ここにあるのは反自然です。というのも、脳(意識)は、因果関係の解明が不可能な自然が嫌いなのです。自然をできるだけ排除し、「ああすればこうなる」ことが分かる状態に自らを置きたい。しかし、それは世界のほんの一部でしかありません。
 養老孟司さんは、体を使い、田舎暮らしをすることをすすめます。それがバカの壁を打ち破る手段だからです。
 さて、いかに都市において自然と隔絶されていたとしても、人間は「死」を免れることはできません。この世に死なない人はないのです。本書はこの「死」についての、養老孟司さんの考察です。
 意識は死にたくないと言います。別の言葉で言えば、精神や理性は永遠性を持つと西洋哲学は考えます。一方、自然や肉体は死ぬのが当然というメッセージを発しています。
 中世日本に、「九相死絵巻」というものがあります。一人の人間が死んでから腐敗し骨になるまで、克明に、しかも正確に描かれています。つまり日本人にとってどれほど死が身近であったかがわかるのです。ところが脳化社会である現代では、棺桶を運び出すことが想定されていないマンションが建築されている。ここで人が死ぬことが想定されていないのです。
 「死」ばかりではありません。人間の細胞は毎日死に、毎日生まれて入れ替わっています。これをクレプス回路と言います。生物学者の福岡伸一さんは、これを「動的平衡」と読んでいます。「方丈記」には、「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。」とあります。この認識こそ、脳化する以前の人間の自分自身と世界に対する認識なのでした。
 「死」の問題は完全に意識化することはできません。なぜなら、死は自然だからです。昔、日本には「間引き」ということが普通に行われていました。日本では他国と比べると奇形児の数がぐっと少ないのだそうです。生まれた赤ちゃんに障害があれば、産婆さんがこっそり殺して、死産だったとするのです。そして働けなくなった老人は、姥捨山に捨てられた。これは、日本社会が一種の「メンバースクラブ」であることで説明がつくといいます。日本社会は法的な市民権を持つ人の集まりではない。既存のメンバーが、新しい命をメンバーにするかどうかを決め、退会するタイミングを決めていた。それは全員一致の暗黙の了解でした。ですから妊娠中絶は日本ではあまり問題になりません。まだメンバーになっていない命は、あまり重要ではないからです。一方、安楽死の方はそうは行きません。不文律、暗黙の了解を白日の元にさらした。それで脳死の問題はたいへんな議論になったのです。全てを意識化すれば良いということではないのです。
 養老孟司さんのお父親は結核で亡くなりました。臨終の時、「さようならを言いなさい」と言われましたが、孟司少年はどうしても言えなかった。それ以後、養老孟司さんはさようならが言えなくなった。挨拶が苦手になったといいます。そしてそのことに30年以上経って気づいた時、涙が止まらなかったといいます。そして挨拶ができるようになった。
 人生には何があるか分かりません。死もそうですし、トラウマとなる経験もそうです。そういうものをそもそも含んでいるのが人生なのです。ですから仕方がないから諦める、という態度も大切なのです。全てのことは取り返しがつきません。だから、仕方がない。そのことを死が歴然と示しています。このようなことは、意識は教えてくれません。バカの壁の外にある、自然(死)がわれわれに教えてくれているのです。

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ABOUT ME
つじもと ひでお
こんにちは、つじもとひでおです。大学卒業後、ビール会社に5年間勤めたあと、30年間、高校で英語を教えていました。部活動はジャズバンドの指導もしていました。現在も、新潟ジュニアジャズオーケストラで小学校から高校までの子どもたちにジャズを教えています。