エッセー

考え方のヒント 基本3「人間はひとりでは生きられない」

「人はひとりでは生きられない」とよく聞きます。そうなのです。たとえばどれほど孤独が好きな人でも、あるいは一人だけで生きられる環境を整えたとしても、ひとは一人では生きられません。第一に、人は母親から生まれてきます。そして人間はあらゆる生物の中で唯一、自分一人で分娩できません。誰かの助けがなければ子供を産むことができないのです。そして、人間は人間になるために言葉を覚えなければなりません。言葉は人間が所属する集団の価値観、考え方、文化、全てを含んでおり、言葉を覚えた瞬間から、そしてその言葉で考え始めた瞬間から、わたしたちは、ある文化の文脈の中でしか考えられないように運命付けられているのです。わたしたちは、誰かの作った食べ物を食べ、誰かが作った服を着、誰かが作った家に暮らし、誰かが掘った井戸から水を飲み、これまで多くの人たちが蓄えた知識を身につけ、誰かが発信する情報を得て生きています。「ぼくはだれにも迷惑をかけずに一人で生きてゆく」と言う人があったとしても、それはそもそも不可能なのです。

人間は一人では生きられない。言い換えれば、人間は社会的な存在である。何かを考える時、このことは絶対に忘れてはならないポイントです。

しかし同時にわたしたちには、自由意志があります。個人の意思を持っています。人間に社会が必要なことは分かっていても、もし社会が個人の自由を制限するようなことがあれば、わたしたちは不快に感じるでしょう。

社会は言語を教え、安全、食物を与えてくれるなど、わたしたちの生存条件であると同時に、わたしたちを縛るものでもあります。例えば、社会はわたしたちに道や水道、電気などのインフラや安全保障を提供してくれますが、わたしたちは日本の法律に従わねばならず、税金を払わなければなりません。

つまり、わたしたち人間は、個人と社会との間にあって常に揺れ動く存在である、ということなのです。個人と社会とどちらに重点を置くか、その程度は時代や社会によって異なります。個人により重点を置く社会があります。その社会は、社会とは個人の自由を最大限に活かすために存在するものだと考えます。一方で、社会により重点を置く社会があります。そこでは、社会の利益のためには、個人の自由は制限されても仕方がなく、むしろ個人は社会のために存在すると考えます。この重点の置き方を考えるのが、「政治」の役割の一つなのです。

世の中には、社会のために個人は尽くすべきだと考える人もあれば、社会は個人の自由をおかすべきではないと考える人もあり、時に対立することがあります。しかしどちらが正しいとは言えません。正解は、どちらも必要、ということなのです。個人がなければ社会はありえず、社会がなければ個人もあり得ない。そして人間とは、その両者の力関係の中で常に悩んでいる状態にある、ということを理解しなければなりません。

これは何かを考えるときに、特に社会の問題を考えるときに忘れてはならないポイントです。例えば第二次世界大戦、太平洋戦争を例にとってみましょう。あの当時、社会が戦争に突き進みました。おそらく個人で反戦を唱えることは非常に難しかったでしょう。ですから、戦争で戦った人たちを歴史の高みに立って批判することは公平とは言えません。一方、社会が戦争へと大きく動き出す前に、日本はどうするべきか一人一人が自分の意思をはっきり示すことが大切だということが分かると思います。コロナ下では社会の利益が大きく個人の自由を制限しました。しかし、それで社会が本当に利益を得たかというと、個人が傷つき結果として社会の活力が失われたという側面があります。このように、個人と社会は車の両輪のように世界を動かしているのです。

もう少し個人的な観点でお話ししてみましょう。わたしの経験では、自分の生き方を他人の評価だけで決めること、つまり、社会的評価だけが自分の評価である場合、ひとは生きづらさを感じるようです。偏差値や収入、社会的地位や評判、こうしたものだけが自分の価値だとすると、つねに他者の評価を気にし、自分らしくのびのび生きられなくなってしまいます。たとえ貧しくても自分が納得できる人生。自分の好きなことをやれる人生。自分には誰からも奪われない尊厳がある。自己実現こそ、生きる目的である。そう信じる方が良い結果を産むことが多いようです。

しかしながら、自己中心的な生き方には満足感が少ないのも事実です。人に感謝されることが人間の最大の喜びの一つであることは疑いようがありません。自己実現の中で、他者に貢献できる生き方というものがあるような気がします。人は誰かから必要とされることが一番嬉しい。苦しい時には自分のことばかり考えず、誰かを助けることが自分を助けることになる。そういうこともあります。このように、個人と社会の関係というものは実に奥の深いものなのですね。

考え方のヒント 基本4へ

考え方のヒント 基本2へもどる

ホーム

ABOUT ME
つじもと ひでお
こんにちは、つじもとひでおです。大学卒業後、ビール会社に5年間勤めたあと、30年間、高校で英語を教えていました。部活動はジャズバンドの指導もしていました。現在も、新潟ジュニアジャズオーケストラで小学校から高校までの子どもたちにジャズを教えています。